アジャイル変革事例-米国金融機関ソフトウェア開発部門            竹腰重徳

 米国金融機関KeyCorp社のソフトウェア開発部門は、要員1500人、開発場所はオフショアを含め5ヶ所での分散開発、800以上のアプリケーションをサポートしている。ソフトウェア開発はウォーターフォールで、コマンドコントロールのマネジメントスタイルで行われていた。プロジェクトはプロジェクトマネジメントオフィス(PMO)による強い中央コントロールで行われ、プロジェクト組織は強いマトリックス組織で、開発者は同時に4から5の仕事を兼務し、方法論は強制され、ムダなプロセスは多く存在していた。プロジェクトは遅延、コストアップを招き、ビジネス価値向上に貢献していない状況であった。ビジネス部門はソフトウェア開発部門を信頼せず、ソフトウェアの開発の依頼よりもパッケージによる解決方法を模索していた。このような状況からのアジャイル変革の2年間のあゆみ(1)を以下に述べる。

 KeyCorp社のCIOは、上で述べたような問題に対処するため、ビジネス部門と開発部門の垣根を取り去ることが重要と考え、「ビジネス価値実現を迅速に実現するために、ビジネス部門の開発参加と漸進的開発による価値を創造する」というビジョンを打ち上げた。これを受けて開発部門の責任者は、「開発部門はビジネスに貢献することに価値がある」という開発部門のビジョンを打ち出し、ビジネス価値を継続してデリバリーできる新たな方法としてアジャイル(スクラム)を採用することを決めた。さらに、中央集権的なPMOを解体し、プロジェクトマネジャーは開発部門に戻し、より良いソフトウェアを速く開発できるよう支援するソフトウェア開発サポートセンターに改組し、アジャイル変革推進チームを発足させた。

 アジャイル変革推進チームは、開発部門のマネジャー達にアジャイル変革の理解を得るために、スクラムの創始者のひとりであるKen Schwaberをコーチとして招き、スクラム紹介セミナーを行った。彼らのセミナーの評価は「スクラムの良さはわかるが、この会社では無理」という反対意見が多かった。その理由は、厳しい規律統制文化、会計プロセスが漸進的開発をサポートしていない、プロジェクト評価方法、人事評価システムなど、スクラム導入を進めていく上で障害が数多くあるということであった。そこで変革推進チームは、開発部門のマネジャー達にすべての障害をあげてもらい、優先順位に従って障害除去に取り組んでいくことを決めた。また、早期に変革推進の成果を出すために2つのパイロットプロジェクトを選んだ。

 パイロットプロジェクトのスクラムマスター2人とソフトウェア開発サポートセンターの1人のサポートリーダーにスクラムマスターのトレーニングを実施し、パイロットプロジェクトはスタートした。変革推進チームは、コーチのKen Schwaberによるコーチングを含むあらゆる支援を行い、パイロットを成功に導き、その成果を公表した。これにより、スクラムが開発部門内で認知されることとなり、少しずつアジャイルプロジェクトが立ち上がるようになってきた。

 変革推進チームはパイロットの成果を活かしてさらにアジャイル変革を進めるため、いろいろ障害除去や支援を行っている。スクラムの中にテスト駆動設計(TDD)を取り入れ、高い品質のソフトウェア開発が可能となった。また、アジャイルプロジェクトの立ち上がりが遅いので、プロジェクト開始前に、プロダクトオーナー、スクラムマスターが一緒に早くプロジェクトをスタートできるように、プロダクトオーナーにアジャイル教育を行うことにした。このアジャイル教育は、プロダクトオーナーのアジャイルに対するポジティブな意欲を深めることを目的に、新しいパラダイムシフトを起こすアジャイルの必要性の認識と変革意欲を引き出すこと、アジャイルハンズオントレーニングで構成されている。さらに、運用部門は、当初開発部門のアジャイル開発の速いスピードに対応することができなかったため、開発部門と運用部門の上位マネジャーが集まって、対応策を検討した。その結果、運用部門はアジャイルのためのソリューションチームを発足させ、アジャイル開発のスピードに対応できるようになった。これらの障害除去や支援により、プロジェクトの立ち上げから運用までがスムーズに実行されるようになった。

 アジャイル変革はまだ2年で初期の段階ではあるが、継続的なプロセス改善を通して、リードタイムが減少する、より良いソリューションをより速くデリバリーできる、開発チームは高い品質のソフトウェア開発に注力する、などいくつかの成功が出てきた。メインフレームのCOBOLの開発に対しては、Javaなどのような自動テストや継続的インテグレーションのオープンソースツールがないためアジャイルに否定的であったが、COBOL開発チームも開発のイノベーションを図るため、TDD可能なツールを開発中で明るい見通しを持っている。このようにあらゆる障害に対処してアジャイル文化を定着化させようとしている。

 この事例はジョンコッターの変革リーダーシップ手法の8段階変革プロセスに沿った推進法(2)の1つの成功事例でもある。
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参考資料
(1) Thomas R.Seffemick,Enabling Agile In a Large Organization Our Journey Down the Yellow Brick Road,IEEE2007
(2)
竹腰、変革リーダーシップによるアジャイル導入、PMAJオンラインジャーナル寄稿文
  http://www.e-ainet.com/Enterprise_Agile_Adoption_thru_ChangeLeadership.html

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