アジャイル変革事例(2)-salesforce.com社(クラウド・CRM)      竹腰重徳

 saleforce.com社は、クラウド上に構築したCRMを中心としたアプリケーションをサービスとして提供する企業で、Forbes 誌にて 3 年連続で「世界で最も革新的な企業」と評価され、急成長を遂げている。この会社のアジャイル変革の事例の論文(1)が、ウォーターフォール企業がアジャイルを導入する際の参考になると思い取り上げた。

1999年3人の開発者からスタートし、スタートから8年間の製品開発量は年50%増で急成長していたが、それまではウォーターフォールで成功してきた。しかし、この方法では、これ以上の規模の拡大は望めない状況となった。問題としては、プロジェクトの状況がつかめない、リリース期間が長くなり予測不能、要求機能のリリース時のフィードバックの遅延、チームが大きくなるにつれてチーム生産性の低下などであった。会社の規模が小さい間では、ウォーターフォールはうまくいっていたが、チームが大きくなると全体の管理が難しくなり、リリースサイクルが3ヶ月から1年に延び、多くの開発者がリリースに参加できなくなりフィードバックによる学習の機会が失われ、開発者モラールの低下と製品の早期デリバリーが難しくなった。
 そこで、組織変革プログラムを打ち上げ、変革実現のために専任の組織横断型変革推進チームを立ち上げた。変革推進チームは開発プロセスを根本的に見直し、アジャイルを決定した。その理由は会社の創業時の価値観である「KISS(Keep it Simple Stupid)、速い反復、顧客の声を聞く」はアジャイルの価値観にフィットしており、彼らのオンデマンドソフトウェアモデルはアジャイルに適合し、自動テストシステムや開発組織の大半はコロケーションでアジャイルの原則に適合していたからである。
 変革推進チームは、変革ビジョンの作成、ビジョンの組織全体への変革ビジョンのコミュニケーション、アジャイルの現場への導入を容易にするための支援と障害の除去、定着化に向けてのアジャイルの継続的改善をスクラム方式で実施した。
 
 変革ビジョンの作成の進め方は、変革推進チームのメンバーの一人が変革ビジョン(新しい方法、メリット、必要性など)をまとめ、すべてのレベルのキーマンにコミュニケーションを実施し、フィードバックを得、内容を更新するという方法をとった。ビジョンは多くの人の意見が反映したものになり、変革の賛同を得るのに役立った。アジャイルの企業内への導入は、失敗に学びながら導入する漸進的アプローチが一般的であるが、組織の不協和音の回避と断固たる決意を示すためにビッグバンアプローチを取った。
 変革ビジョンの組織全体へのコミュニケーションでは、ウォーターフォール、スクラム、XP、リーンの内容を含むアジャイル概要テキストを開発し、すべてのチームを対象にセッションを実施した。また、プログラムマネジャーや機能型マネジャーを含む多くの人に認定スクラムマスタートレーニングとアジャイルの書籍を購入して配布した。さらに、アジャイル変革に関わる貴重なすべての情報を共有するために社内wikiを立ち上げた。
 アジャイルの現場への導入を容易にするための支援では、現場のアジャイルプロジェクトメンバーに対しアジャイルトレーニングやコーチングにより能力向上を計り、また、プロジェクトが成功裏に進むよう監視して、成功を妨害するものを取り除くなどの支援をした。特に以下のような点を注目して現場へのアジャイル導入を成功に導いた。
  ・個人の生産性よりチームの生産性に注目
  ・組織横断型開発チーム
  ・ユーザーストーリーと見積方法
  ・スクラムマスター、プロダクトオーナー、開発メンバーの組織上の役割定義
  ・全組織で毎日の自動テスト
  ・仕事の優先付け
  ・毎日の状況の見える化
  ・週次の製品ラインの見える化
  ・バグ500件以上の削減
  ・効果的なツールの利用
  ・30日ごとに最小出荷可能製品の出荷
 変革推進チームは、アジャイル導入の成功後も、手を緩めず振り返りを継続し、チームワーク、リリース計画、バグの削減、ユーザーストーリー、効果的なツールの利用などアジャイルプロジェクトマネジメントの継続的改善を行い、アジャイルの定着化を図った。

 論文は、これからアジャイルを企業内に導入する組織への提言として、以下のようなアジャイル変革推進の主要成功要因をあげている。
  ・変革への経営陣の強いコミットメントと変革サポート
  ・専任の組織横断型変革推進チームの編成
  ・アジャイルの仕組みより価値観と原則にフォーカス
  ・テスト自動化
  ・変革中のあらゆる情報の見える化
  ・多くの人々へのアジャイルトレーニング
  ・早い時期から外部コーチの招聘
  ・早期に適切なツールを決める
  ・アジャイルルールの明確化
  ・早い段階から多くの人を巻き込む
  ・試行錯誤と失敗から学ぶことを奨励

 saleforce.com社のアジャイル変革の進め方は、ジョンコッターの提唱する変革型リーダーシップによるアジャイル導入(2)に準じたもので、ウォーターフォールからアジャイルへの変革を進める上で大変参考になるものと思われる。

参考資料
(1) Chris Fry & Steve Greene,Large Scale Agile Transformation in an On-Demand World,Salesforce.com,2007
(2) 竹腰重徳、変革型リーダーシップによるアジャイル導入、PM学会誌、Vol.16 No.1、ppt.25-26、2014

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