「顧客の創造」とアジャイル

   企業は社会の機関で、自らの機能を果たすことによって、社会、コミュニティ、個人のニーズを満たすためにあり、企業の目的は「顧客の創造」であるとドラッカーは定義して以下のように説明しています(1)。

 企業は顧客の欲求を満足させたり、欲求そのものを生み出すような製品・サービスを提供します。欲求に応える製品・サービスを提供して、はじめて欲求が需要(欲しい気持ちに購買力が伴ったもの)に変わります。すなわちこのような活動が顧客を創造するのです。企業活動とは、顧客の欲求から、顧客にとっての価値を捉え、製品・サービスの提供に置き換え、顧客を創り出していくことといえます。企業は2つの基本的機能を通して顧客を創造し続けます。それがマーケティングとイノベーションです。

 マーケティングとは、顧客を起点とした企業活動のことです。「われわれは何を売りたいか」ではなく「顧客は何を買いたいのか」「いくらだったら買うのか」「どの販売ルートならば買うのか」を知り、顧客が求めている製品・サービスを作り、顧客の望む方法で提供するのです。マーケティングが目指すものは、現地に出て、現物に接し、現実を知る三現主義で顧客を理解し、製品・サービスを顧客の欲求に合わせた製品・サービスを提供する事業活動です。

 イノベーションとは、一般にいわれているように、技術革新だけではありません。新しい顧客価値を生み出すための革新の事業活動のことです。その中には、技術革新、制度の革新、用途の革新も含まれます。イノベーションの結果もたらされるものは、より良い製品・サービス、より多くの便利さ、より大きな欲求の満足です。簡単に言い直すと、顧客が潜在的に求めている将来に広がる製品・サービスを革新的な方法の組み合わせで提供することです。つまり革新的な新製品にはこだわるのでなくむしろ新しい視点からとらえた製品・サービスの提供方法等など新しい組み合わせで新しい欲求を高めることを重視します。顧客に新しい価値を気付かせ、市場や社会に変化をもたらします。たとえば、アップルのiPodやiTunesは音楽の聴き方、音楽の売り方、アーティストやレコード会社の収益構造を変えてしまいました。イノベーションためには、マーケティング同様、現地に赴き、潜在的欲求を現物として製品・サービスを提示しフィードバックを受けながら顧客の現実を理解します。そして、それに合わせた製品・サービスを提供して顧客のより大きな欲求を満たす需要を引き出す事業活動です。

 マーケティングとイノベーションは、顧客を起点として顧客のニーズや欲求を導き出し、それに合った製品・サービス創り出すことにより需要を喚起し、顧客を創造していく活動ということになりますが、顧客のニーズや欲求は導き出すことは大変難しいです。その要因としては以下のようなことが考えられます。
 ・顧客自身が、すべてのニーズや欲求を把握しているとは限らない
 ・顧客のニーズや欲求がいつも正しいとは限らない
 ・顧客のニーズや欲求の真の内容は、表面的なモノだけでなく、気がついていない潜在的な内容が含まれることもある
 ・顧客と合意したとしても、同じことをイメージしているとは限らない
 ・顧客側が伝えたいと思っているニーズや欲求内容を企業側が同じ内容で理解できるとは限らない
 ・顧客側のニーズや要求はいつまでも同じとは限らない

 これらの困難さを解決する方法として、
 ・真のニーズや欲求を引き出すために、顧客との対話型コミュニケーションを通じた創造性発揮と合意形成をたびたび行う
 ・顧客の要求する製品・サービスのイメージを判断してもらうために現物として製品・サービスをたびたび出荷し顧客からフィードバックを得る
 ・顧客の変更ニーズには容易に対応する
などがアジャイル手法を通じて実施されています。

 アジャイルは、対話型コミュニケーションによる知の創造、漸進的反復開発、変化への柔軟な対応、顧客との協働重視、最終製品重視(動くソフトウェア)を特徴とする手法で、マーケティングやイノベーションを推進する一つの良いツールなのです。したがってアジャイルは顧客のニーズや欲求を導き出す難しさを克服し、顧客価値提供をより容易に導き出し、「顧客の創造」に効果を発揮します。
                                                                                                                                以上
参考資料
(1)エリック・リース、リーンスタートアップ、日経BP、2012
(2)スティーブン・G・ブランク、アントプレナーの教科書、翔泳社、2012


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