変革型リーダーシップによるアジャイル導入

 企業は、不確定な激動の環境の中、競争に打ち勝つために、イノベーションが要求され、顧客価値を適確に実現する能力が求められている。アジャイルは、顧客と開発チームのコラボレーションによって実施される反復漸進的な開発方法で、顧客価値の適確な実現を可能としている。この方法により、顧客の要求変更に容易に対応でき、適確な製品開発が可能となり、ウォーターフォールと比べ生産性、品質、コスト、リスク軽減に大きな効果を発揮する。しかし、ウォーターフォール文化が定着した企業がアジャイルを導入するのは非常に難しい。それは、アジャイル文化とウォーターフォール文化の違いが大きいため、変革に対する組織や個人の抵抗を受けるからである。ウォーターフォール文化では、計画と管理を重視した行動が奨励され、アジャイル文化では、価値を重視して自由で柔軟性に富んだ革新的な行動が奨励される。企業レベルのアジャイル導入は組織文化の大きな変革を意味する。大きな変革を実施する場合は、ジョン・コッターが提唱している変革型リーダーシップの8段階変革プロセスによる進め方が有用である(1)(2)(3)。8段階変革プロセスを寓話風に描いた「カモメになったペンギン-Our Iceberg Is Melting」(3)を参考にして、企業レベルのアジャイル導入の進め方を提言する。

第1段階 危機感を生み出す
現状の方法を続けた場合、これから先の厳しい状況を予見し、周囲の人々に危機感を生み出す。つまり、複雑に変化する厳しいビジネス環境の中、計画管理重視型のウォーターフォールでは、顧客価値を迅速に提供する要求に応えることができず、競争力は低下し、企業として生き残れないと、具体的に問題点を浮き彫りにして危機感を生み出す。この危機感を、経営トップを含む経営幹部にじっくりと時間をかけて説明し、変革の必要性を訴え、変革推進プロジェクトを立ち上げの承認を得る。コッターは、変革の必要性に賛同する危機感を持った人を増やすことが、変革プロジェクト推進に大変重要であると述べている。

第2段階 変革推進する連帯チームを作る
 周囲の熱意や意欲を引き出し、困難な変革のプロセスを主導できる有能な専門チームを作る。変革を進めていくためには、変革の必要性を企業の多くの人々に認識させる必要がある。そのための専門の変革推進チームの編成が必要である。チームメンバーには、危機意識を持ち、リーダーシップ、信頼、コミュニケーション、アジャイルの専門知識、分析力、経営センスなどの優れた人を集める。また経営トップからも変革推進プロジェクトの支援のコミットを得る。

第3段階 変革のビジョンと戦略を立てる
わかりやすい変革推進プロジェクトのビジョンと戦略を作成する。多くの企業がアジャイル導入に失敗している。その多くがアジャイルの必要性や価値を理解しないまま、ただ単に導入に踏み切っている。変革推進の指針となるよう、賢明で簡明な心躍るビジョンや戦略を変革推進チームが策定する。人々が瞬時に理解できるよう簡潔にわかりやすくまとめる。
 ・変革の必要性と緊急性
・アジャイル導入のメリット
・アジャイル導入のビジョン
・ビジョンを実現する戦略

第4段階 変革のビジョンと戦略を周知徹底して賛同を得る
ポータル、ポスター、メール、講演会、会議、面談などあらゆる機会をとらえて頻繁に変革ビジョンと戦略を伝え周知徹底を計り、人々に理解と賛同を得るようにする。組織や個人の不安や疑問点に丁寧に答えて理解を求め、支持を得る。
   
第5段階 自発的な行動ができるよう障害を取り除く
人々が、アジャイルによる開発プロジェクトを自発的に推進しようとすることを阻む障害を見つけ出し取り除く。障害の例としては、アジャイルのスキルを持った人が少ないとか、契約が固定価格契約であることが挙げられる。そのような障害を取り除くために、アジャイルの研修を推進してアジャイルのスキルを持った人を増やすこととか、アジャイルに合った形の契約を開発するなど、を実施する。また、プロジェクトを進めていく上で障害となる変革の反対者に対して、反対理由を聞き、アジャイルの価値や課題の克服方法などを丁寧に説明し、理解を得るようにする。

第6段階 短期的な成果を生む

 プロジェクトの失敗は許されないので、早期に成果が期待できるプロジェクトを優先して選択する。プロダクト・オーナー、開発チーム、アジャイルPMなどの開発メンバーは、変革に賛同し、コミュニケーションやリーダーシップに優れ、成功を信じてチャレンジ精神旺盛な人を選任する。変革推進チームは、このプロジェクトを全面的に支援する。また、プロジェクトの進捗を「見える化」して、できるだけ多くの人々の目に触れるようにする。生産性、顧客の満足度、開発メンバーの満足度、製品品質などを測定し、今までの方法と比べ、どのように良いのかを評価する。短期間で成果をあげて、人々の変革へのやる気を起こさせるとともに、皮肉や悲観論、懐疑的な見方を封じ込める。

第7段階 成果を生かしてさらに変革をすすめる
コッターは、多くの変革プロジェクトの失敗の原因は、早い段階で勝利宣言することであると述べている。したがって短期的な成果を収めた後も、危機感を持ち続け、変革をさらに推し進める。毎回結果が出るたびに、何がうまくいき、何が改善できるのか、継続的改善を続け、ビジョンが実現するまでは手綱を緩めてはならない。

第8段階 変革を企業文化に根づかせる
変革にしっかりした成果と改善を継続的に行い、アジャイル文化を定着させようと努力する。つまりアジャイルの仕組みを企業の中核的な仕組みの中に組み込み、アジャイル文化を深く根づかせる、あるいは場合によっては、これまでのウォーターフォールの文化を変えていくといった努力をして、過去に引き戻されないようにする。
                                                              以上
参考
(1) ジョン・コッター(梅津裕良訳), 企業変革力,日経DP社,PP.15-261, 2002
(2) Brad Swanson:Transforming a Culture Using Kotter’s Change Model: a Case Study, Scrum Gathering Las Vegas 2013,2013
(3)ジョン・コッター、ホルガー・ラスゲバー(藤原和博訳):カモメになったペンギン-Our Iceberg Is Melting,ダイアモンド社,2007

寄稿
竹腰 重徳

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