ファスト&スローとマインドフルネス                      竹腰重徳

  心理学者としてノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カールマンは、現代の最も偉大な思想家の一人であり、認知バイアス、つまり私たちの思考において自動系統的エラーの研究に何十年も費やしてきました。ダニエル・カールマンは、人が様々な状況で行う意思決定には、速い思考(ファスト)と遅い思考(スロー)の二つの思考があると述べています。

 速い思考は、ほとんど努力を必要としないか、必要であってもわずかで、高速、自動、頻繁、感情的、固定観念的など、無意識に働きます。また、自分の方からコントロールしている感覚はほとんどありません。具体例としては、「突然聞こえた音の方角を感知する。おぞましい写真を見せられて顔をしかめる。声を聞いて敵意を持つ。2+2の計算。空いた道路で車を運転する。簡単な文章を理解する」などです。

 一方、遅い思考は、遅く、努力が必要で、論理的で、意図的で、複雑な計算をするなど、意識的に働きます。どのような場合も、注意力を要し、注意が逸れてしまうとうまくいきません。具体例として、「人の大勢いるうるさい部屋の中で、特定の人物の声に耳を澄ます。白髪の女性をさがす。歩く速度をいつもより速いペースに保つ。17x24の計算。自分の電話番号を誰かに教える。複雑な論旨の妥当性を確認する」などです。遅い思考が働いているかどうかは瞳孔の大きさで計測できます。

 速い思考と遅い思考の関係についてですが、この二つは私たちが目覚めているときは常にオンになっていますが、速い思考は自動的に働き、遅い思考は通常は努力を低レベルに抑えた快適なモードで動作しています。速い思考は、自動的に印象、直感、意志、感触を絶えず生み出しては遅い思考に供給します。遅い思考は万事とくに問題のない場合、無修正かわずかな修正を加えただけで受け入れます。そこで自分の印象はおおむね正しいと信じ、自分がいいと思うとおりに行動します。これで大体うまくいきます。速い思考が困難に遭遇すると、遅い思考が応援に駆り出され、問題解決に役立つ緻密で的確な処理を行います。2つの分担は、極めて効率的にできています。しかし、速い思考は経験や先入観など既存のパターンや思考を使って直感的に働くため、認知バイアスにつながる可能性があります。認知バイアスとは、物事の判断が、直感やこれまでの経験や習慣に基づく思考の偏りや思い込みによって、非合理的で誤った判断をしてしまうことです。私たちは認知バイアスのすべてを完全に取り除くことは不可能ですが、速い思考による自動思考に気づき、一旦速い思考による判断を保留し、遅い思考が働くようにすることにより認知バイアスを減らすことが可能です。その有力な方法がマインドフルネスです。

 マインドフルネスは、今という瞬間に、価値判断を加えることなく、意識的に注意を払うことです。それは、今の瞬間をあるがままに経験し、受け入れることです。私たちがどのようになりたいか、どうあるべきかを考えたり、そうあるべきだと認識したりするのでなく、実際にあるがままに受け入れます。この実践を通じて、習慣的反応に気づき、刺激と反応の間に隙をつくり、認知バイアスなどにも気づくようになり、より賢明な選択ができるようになります。

 日常活動の中で手軽に使えるマインドフルネスが、STOP瞑想です。STOP瞑想はブリージングスペース瞑想と呼ばれ、心が自動操縦モードになっている状態を一息つかせ、熟考の機会を与えてくれます。STOP瞑想では、まず、文字どおり、今やっていることや考えていることを一旦中止します(Stop)。そして呼吸に注意を向けて一息つきます(Take a breath)。次に今生じている感覚や思考や感情に注意を向け観察します(Observe)。気づきに応じた対応を取ります(Proceed)。つまり、速い思考が一旦止まり、遅い思考が働き出し、認知バイアスを減らし、客観的な論理的な判断が可能となります。

参考資料
(1)ダニエル・カーネマン、ファスト&スロー上、村井章子訳、早川書房、2014
(2)ダニエル・カーネマン、ファスト&スロー下、村井章子訳、早川書房、2014
(3)https://www.getlevelhead.com/blog/2018/5/24/minimizing-cognitive-bias-via-mindfulness
(4)STOP.pdf (palousemindfulness.com)
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