マルチタスクとマインドフルネス                     竹腰重徳 

 私たちは、忙しくなると、ついつい同時に複数の作業(マルチタスク)をこなして効率を上げようとします。なぜマルチタスクしようとするのでしょうか。一般的にマルチタスクと呼ばれているものは、私たちが効率よさそうであるという錯覚に囚われているからです。そのように感じてしまうのは普段から多くの場面で2つ以上のことを同時にしているからです。歩きながら携帯電話で話す、音楽を聴きながら掃除をする、テレビを見ながら食事をする。これら普段の生活で何気なく同時にやっていることは、一方が無意識でできる習慣化された運動です。習慣化された運動は、主に小脳が司って、自動操縦をしてくれています。歩くときにいちいち「右足を前に出して、左足を前にだして・・・」と考えなくてもいいのは、小脳が自動操縦してくれるからです。いわゆる体が覚えているということです。自動操縦になると大脳はタスクに注意を向けなくてよく、もう一つの方のタスクに注意を向けることができますので、この場合はマルチタスクができます。

 神経科学の視点から、私たちの大脳は同時に2つのことに注意を向けることはできないのです。大脳はシングルプロセッサーなのです。私たちがマルチタスクをしていると考えているのは、同時に複数のタスクを実行しているのではなく、実はタスクの切り替をして実行しているのです。非常に早くタスク間を切り替えて、一つひとつのタスクを処理しているのです。例えば電話をしながら歩行をする場合、1秒は歩行に注意し、次の一秒は電話に注意をしているのです。両方に注意して実行すると切り替えが速いため同時に実行していると錯覚しているのです(1)。

 ハーバード大学の研究によると、いろいろなことを同時に行っていると、ストレスがかかりますが、「たくさんの仕事をこなしている」いう錯覚に似た満足感を味わい気持ちよくなりますが、それは脳の中では報酬系神経伝達物質であるドーパミンが分泌されるからです。ドーパミンが脳に伝達されると、一時的に満足が得られ、さらに新しい刺激をもとめ中毒症状となり、さらにマルチタスクを求めます。したがってマルチタスクをすることは、脳にとって心が散漫になることを奨励して非効率を作りだしているのです(1)。

 マルチタスクは、人々の仕事の満足度の低下、人間関係の悪化、記憶の悪化、健康によくない調査結果が出ています。これはマルチタスクによりタスクの切り替えに余分に時間がかかり、脳にストレスがかかり余分なエネルギーを無駄に消費するからです。マルチタスクをこなしている時の脳は、コンチゾールと呼ばれるストレスに関するホルモンが多く分泌されます。コンチゾールの分泌過多が続くと、海馬の萎縮、脳細胞の減少、ニューロンの生成阻害、脳の早期老化、アルツハイマー症の増加、など様々な障害を引き起こします(2)。また、ハーバードビジネススクールの調査では、マルチタスクをする人たちは創造性が低下し、シングルタスクにフォーカス人たちは創造性が増加している結果が報告されています(1)。

 私たちに染みついたマルチタスクをする悪い習慣をどうしたらなくすことができるでしょうか。
 集中力や気づきの能力を上げるマインドフルネスの訓練が役に立ちます。マインドフルネスの訓練を継続して実践することにより、マルチタスクにより散漫になる心に物事に対する集中を高める能力を授けてくれます。マインドフルネスの訓練では、現在生じている何かの対象(例えば呼吸)を決め、それに注意を向ける訓練をします。自然な呼吸の感覚に注意を向けてしばらくすると、意識は呼吸から離れ、過去のことや未来のことを考えたりして心に思考が生じてきます。そのようなことが起きること自体は、自然なことで、悪いことはありません。訓練は、生じた思考に気づき、何の評価をせずに、今の瞬間に起こっている呼吸に意識を戻します。それの繰り返しが1つのことに集中する訓練になり、悪い習慣を断ち切ることができるようになります。

参考資料
((1)Rasmus Hougaard et al、One Second Ahead、Palgrave Macmillan、2017
(2)Larry Kim、Multitasking is Killing your Brain、2015
https://www.inc.com/larry-kim/why-multi-tasking-is-killing-your-brain.html

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