アジャイルのためのセルフ・コンパッション                 竹腰重徳

  少子高齢化、消費の成熟化、グローバル競争、新型コロナの問題など、市場の変化や競争が激しくなり、あらゆる産業は、革新的な製品・サービスの提供が求められています。革新的な製品・サービスの開発は、過去の延長では予測できない未知との遭遇です。そのため予め時間をかけて要求を明確にし、変更はあまり生じないという前提で開発していくウォーターフォール型開発方法では対応できないため、全く違う方法をとります。事前に要求を明確にすることが困難なので、顧客と一緒に協力し、できるだけ速く形のあるものを創り、顧客のフィードバックを受けながら、そこから学ぶといったプロトタイピングを繰り返し、真のニーズに合った製品やサービスを短期間で創り出す仮説検証型方法をとります。この方法がアジャイル開発で、開発チームは、モチベーションを高く持ち、失敗を恐れず失敗から学ぶ姿勢とコラボレーションで、革新的な顧客価値を創造していくことが求められます。開発チームがモチベーションを高く持ち、失敗を恐れず失敗から学ぶ姿勢とコラボレーションを、どのようにして育てたらいいでしょうか?

 その方法が、セルフ・コンパッションです。セルフ・コンパッションとは、「自己への思いやり」と訳されていますが、自分が失敗や困難に遭遇したとき、ありのままに受入れ、失敗や困難は人間に共通して起こることを認識して、自分自身に優しく思いやりの感情を高めて失敗や困難に対処する能力です(1)。一般的に人はネガティブな情報を避けようとし、自分の欠点や失敗から目をそらそうとする傾向がありますが、自分に優しく思いやりを持って接することで、現在の自分がありのままに見え、今の自分にとって何が必要なのか、どうしたら対処できるのかと、客観的な視点から考えることができるようになります。今の自分にとって、必要なことがわかると、前向きな姿勢になり、自然とモチベーションが出てきます。このようにセルフ・コンパッションは、自分の心を安全・安心な気持ちにしてくれ、何事にも失敗を恐れず、失敗から学習できると挑戦意欲を高めてくれます。また自己への思いやりは他者への思いやりを育み、コラボレーションを促進します。

 セルフ・コンパッションを高めるための方法に、マインドフルネス瞑想と慈悲の瞑想(思いやりの瞑想)の実践があります(2)。
 マインドフルネス瞑想を続けることで、現在起こっている現象が何であれ、現象を正しく捉えて気づき、受入れができるようになります。現在起こっている苦悩や困難に伴う思考や感情に浸ったり、その苦しみを回避・否認したりして否定的な感情に支配されることなく、現在の状況に対してそのまま向き合い、物事をありのままに捉えることで、苦しみが緩和し、冷静に対応できるようになります。
 慈悲の瞑想は、自分や他者の幸せを願う瞑想です。身体をリラックスして、最初に自分の良いところを2~3思い出し、ゆっくり優しく丁寧に次のようなフレーズを心の中で唱えます。「私が幸せでありますように、私が安全でありますように、私が健康でありますように、私の悩みや苦しみがなくなりますように、私の心が安らぎますように」と。次に対象を親しい人たち、直接関係のない普通の人たち、嫌いな人たち、最後にすべての生命(生きとし生けるもの)へと拡げていき、それを繰り返します。慈悲の瞑想を繰り返し続けると自分や他者に対する思いやりが心の習慣になり、安全・安心の感情が高まり失敗を恐れず挑戦意欲が高められ、さらに他者とのコラボレーションを促進します。これらの慈悲の瞑想の効果は科学的に立証されています(2)。
 セルフ・コンパッションは、アジャイル開発に大変役に立つスキルなのです。

参考文献
(1)クリスティン・ネフ、セルフ・コンパッション、石村・樫村訳、金剛出版、2014
(2)有光興記、自分を思いやる練習、朝日新聞出版、2020

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