サーバント・リーダーシップ特性−利他の心

 サーバント・リーダーシップは、1970年、ロバート・グリーンリーフが提唱した概念で「支配的な言動によって相手を動かすのでなく、逆に相手に尽くす、奉仕するといった支える気持を持って行動できるリーダーは、多くの人から信頼され、自然と人がついてきて、適切な方向へと相手を導いていける」と説いている(1)。
 リーダーのあり方はそれぞれの時代背景・社会経済環境、強いてはリーダー個人の事情等により常に変化しており、何が最適かの判断はまさに縦横無尽的発想で考えなければならない。しかしながら1989年のバブル経済崩壊以降、様々な負の連鎖による低成長経済が続くなか、旧来の指示命令支配的なスタイルから組織・チームを支えながら個々人との対話を重視しつつゴールに導くリーダーシップ・スタイルの価値が改めて見直されている。
 サーバント・リーダーシップは、この40余年の歴史の中で、特に米国中心に着々と実績を残している。マルコム・ボルドリッジ米国国家経営品質賞の審査評価基準にこのサーバント・リーダーシップの考え方が取り入れられ、受賞企業の何社かはサーバント・リーダーシップを基本理念として採用し、また、FORTUNEが選ぶ「ベスト100社」の4割近くの企業に採用されている。日本においては知名度、浸透度ともいまひとつというのが実情ではあるが、JAL会長の稲盛和夫氏は、西郷隆盛生誕180周年の記念講演の中で、「これからのリーダーは『利他の心』を持ったリーダーが要求されている」、また富士ゼロックス最高顧問の小林陽太郎氏は、平城遷都1300年記念経済フォーラムにおける講演の中で、「東アジアの中で日本が期待されているリーダーシップはサーバント・リーダーシップである」と述べている。昨年ワシントンで開催されたPMIグローバルコングレスにおいて、アジャイル開発関連の発表が多くあり、その中でアジャイル開発におけるプロジェクトマネジャーあるいはスクラムマスターのリーダーシップとしてサーバント・リーダーシップが取り上げられていた。

 今回はその潮流もふまえサーバント・リーダーシップの概念を説明する。サーバント・リーダーは次のような行動特性を持つことを持っている。
 ・ 一人ひとりの個性や価値観、要望を尊重する。
 ・ ビジョンや目標を共有することで相手のモチベーションを高め、達成へ向けた能動的行動を引き出す。
 ・ 互いにないものを補いつつ、互いに支え合える人間関係を大事にする。
 ・ 一人ひとりの持つ能力や可能性を最大限引き出す。
 ・ 個人の成長を後押しし、組織の成長へとつなげる。

これらの行動特性の根底に位置づけられる基盤をロバート・グリーンリーフはその著書(1)の中で、
「The servant-leader is servant first. It begins with the natural feeling that one wants to serve, to serve first. Then, conscious choice brings one to aspire to lead. 」
(サーバント・リーダーとは率先して奉仕する人のことです。尽くしたい・奉仕したいという自然な感情の赴きのもとに始まるものです。そして、意識して導いてあげたいと心から願うようになります。)
と説き、リーダーたるものは、「まず相手に奉仕し(尽くし)、その後相手を導くものである」という実践哲学を提示している。この奉仕と献身、相手を慮る考えは古今東西問わず古くから教えとして説かれており、キリストの「愛」、釈迦の「慈悲」、孔子の「恕」に通ずるものでもある。
 この「Servant First」(奉仕の精神)は日本の「利他の心」に繋がる。すなわち、「利他の心」とは相手に尽くし奉仕することにより信頼を得ていくことであり、己のことは脇において、まず他人を思いやる、あたたかな心の発露であり、仏教での「他に善かれかし」という慈悲の心であり思いやりの心であると言える。天台宗開祖最澄は「忘己利他 慈悲之極(己れを忘れ他を利するは慈悲の極みなり)」と表わしている。
 一方、近年放送されたNHK番組「プロフェショナル仕事の流儀」では「利他」を脳科学面から考察し次のように報じていた。近年の認知科学が示したように、人間の行為の基盤に利他性があることは事実である。社会的動物である人間は、「他人のため」に何かをすること自体を喜びとするように脳の報酬系ができあがっている。脳は他の人に何かしてあげたいという欲求が満たされるとドーパミンという神経伝達物質が出て満足感を覚え、ドーパミンは快感を得るときに分泌されることで有名である。

          

 更に利他の心は「感謝」の気持ちと相まってより確かなものとなる。感謝は奉仕・利他と表裏一体であり、周囲にたいするありがたさ・おかげさまの気持ちを表現できることは究極のプラス指向と言える。
 アジャイル開発の特徴は、自己組織的チームによる開発であるが、スクラムマスターは、メンバーから絶大的な信頼を得なければチームを自己組織的チームに導くことはできない。 
そのための実践哲学として「利他」を薦めるとともに、先人の言葉で締めくくりたい。
「子曰く、参(しん)よ、吾が道は一(いつ)以てこれを貫く。曾子(そうじ)曰く、唯(い)。子出ず(いず)。門人問うて曰く、何の謂(いい)ぞや。曾子曰く、夫子(ふうし)の道は忠恕(ちゅうじょ)のみ ・・・。『先生の道は忠恕(思いやりとまごころ)だけです。』」(5)
また老子は、「既(ことごと)く以(も)って人の為にして己(おのれ)愈々(いよいよ)有し、既く以って人に与えて己愈々多し。・・・『人々のために行動して大切なものを手に入れ、人々に何もかも与えてかえって心は豊かになる。』」(6)と説く。

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参考資料
(1)Robert K. Greenleaf,The Servant as Leader, 1970
(2)稲盛和夫,生き方,2004
(3)大武浩幸,利他に生きる,2006
(4)大山泰弘,利他のすすめ,2011
(5)論語,里仁篇
(6)老子,第八十一章
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