自動操縦モード                           竹腰重徳

 人間の脳のすばらしい機能として、たくさんの動作をまとめ合わせ、ひとつの活動として実践できる自動操縦機能を持っています。
 歯磨きのチューブを手にとって、キャップを外して、チューブを絞って、歯ブラシに歯磨き粉をつけ、口を開けて、歯ブラシを口の中に入れ、歯ブラシを上下左右に動かして、それから水で口の中をすすぎ、吐き出す・・・という一連の動作は、頭で何も考えずにできる「歯磨きをする」という一つの活動です。私たちはわざわざ動作を分けて考える必要がありません。そうでなかったら、一つ一つの動作を決めるために、生活の中の膨大な時間をとられてします。幸い、人間の脳は学習で形成される自動操縦機能が備わっていて、意識的に細かい作業ごとに頭を働かさなくても、食べる、歩く、歯を磨く、電車に乗るなど一連の作業をスムーズに行うことができます。人間は学習により習慣が形成される生き物なので、そのうち自動操縦モードになり、それほど注意を払っていなくても、飛行機の自動操縦(Auto Pilot)のように、身体は目の前のタスクを処理しているはずです。自動操縦モードになっているとき、私たちは自動操縦モードであるとは気づきません。心はここにあらずで、身体は自動的に動作しています。では、肝心のパイロット、つまり、心(意識)はどこをほっつき歩いているのでしょうか?もちろん、ほとんど過去や未来です。自宅で夕食をとっているとき、口の中にある食べ物の味や目の前の料理の美しさではなく、会社で上司から言われた一言のことを考えたりしませんか?朝、職場に向かって歩いているとき、午後に予定しているプレゼンや商談のことに意識が奪われていませんか?人間の脳は、放っておくと、「いまここ」(現在)ではなく過去や未来のことを考えようとします。人間の心はネガティブ・バイアスであり過去や未来に考えを巡らせていると、ネガティブに物事を捉えがちで、次第に怒りや不安のループに陥ることになりかねません(1)。

 現代は、誰もが目の前のことに集中せず、他のことを考え・こなしている「ながら作業」の時代です。「歩きスマホ」などは、まさに「いまここ」をそう失した自動操縦モードの典型でしょう。ビジネスの現場では、コンピュータのようなマルチタスク処理によって膨大な仕事量を効率よくこなせる人がもてはやされる傾向があります。私たちはマルチタスク能力を自慢し、一度にこなす作業の数を自慢します。でも、そうしたマルチタスクのせいで目の前の瞬間に集中できず、気づかぬうちに心は疲労困憊をし、脳の大切な機能である集中力が失われていきます。自動操縦モードにどっぷり浸っている脳から、今この瞬間に注意を一か所に固定しておく力がなくなっていくのです(2)。

 私たちの心に染みついた自動操縦モードによる過去や未来にさまようことや、マルチタスクをするという悪い習慣をどうしたらなくすことができるでしょうか。集中力や気づきの能力を上げるマインドフルネスの練習が役に立ちます。マインドフルネスの練習を継続して実践することにより、生まれつき備わっていない能力、すなわち注意を集中する力、自分をいたわる力、そして自分の意思で「今この瞬間」を感じる力を養っていきます(1)(2)。

 マインドフルネスの練習は、空いた時間を見つけ、現在生じている何かの対象(例えば呼吸)を決め、それに注意を向けて観察することをします。私たちは生まれてから死にまで呼吸をしていますので、いつでもどこでも手に入りますので注意を向けるには最適です。背筋を伸ばして、肩の力を抜きリラックスして椅子に座り、手はゆっくりと膝の上に置き、自然な呼吸をしていきます。入る息と出る息の感覚(鼻あるいは胸、おなか)に注意を向けて呼吸の流れを観察します。しばらくすると、外の音、身体の他の感覚(痛みやかゆみなど)、過去のことや未来のことを考えたりする思考が心に生じたりして、意識が呼吸から逸れていきます。そのようなことが起きること自体は、自然なことで、悪いことはありません。訓練は、意識が呼吸から逸れたことに気づき、何の評価をせずに優しい気持ちで呼吸に意識を戻して呼吸を観察します。それを何度でも繰り返すのです。注意が逸れたことに気づいた、ということ自体がマインドフルネスの練習です。マインドフルネスの練習は、いままで染みついた心の悪い習慣を変えるために、短時間でも時間を決めて毎日忍耐強く継続して行うとよいでしょう。

参考文献
(1) ルビー・ワックス、心がヘトヘトなあなたのためのオックスフォード式マインドフルネス、上原裕美子、双葉社、2018
(2) 久賀谷亮、最高の休息法、ダイアモンド社、2017

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