思いやりのあるリーダーシップ                       竹腰重徳

  急速に発達しているAI、IoT、ビッグデータ、SNSなどのITテクノロジー、自然災害、環境汚染、資源の枯渇、国家間の対立や戦争など、私たちを取り巻くビジネス環境も目まぐるしく変化し、先の予測が困難な状態を意味するVUCA(変化が激しく、不確実で、複雑で、曖昧)と呼ばれている時代に生きています。このVUCAを乗り越えるための明確なロードマップがなくても、組織は方向性を見出して進まなければなりません。このような変化と不確実な時代に不可欠なリーダーシップが、「思いやりのあるリーダーシップ(Compassionate Leadership)」で、この用語は、マインドフルネスの研究から端を発し、今日米国でますます注目されています (1)。

 禅僧であり、医学人類学博士でもあるジョアン・ハリファックスは、「思いやり(Compassion)とは、自分であろうと他者であろうと、その悩みや苦しみを深く理解し、そこから解放されるよう役立とうとする純粋な思いである」、また、自分自身や他の人と「共にいる力」と説明しています(2)。私たちは、思いやりと共感を同じような意味に使うことがありますが、同じではありません。共感は、相手と感情的状況を共有するということで、相手が苦しんでいるときは苦しく、幸せを感じているときは、幸せを感じることができるということです。一方、思いやりは共感からさらに踏み込みます。つまり相手の苦しみを共感することにより相手の苦しみを感知し、相手を助けたいという強い動機と行動が伴います。思いやりは、他者と共存するということで、ポジティブな気分と他者とのつながりに関連する脳領域が活性化され、ポジティブな感情的反応を引き出します。これらは、周りに伝搬します。また、脳の報酬システムに関連し、気分をよくするオキシトシンやドーパミンなどの神経伝達物質の放出にも関連しています。ダライ・ダマ法王は、「幸せになりたかったら、思いやりを実践することである」と述べています。

 思いやりは、リーダーにとってどのような意味があるのでしょうか。メトロニック社の元CEOでハーバードビジネススクール教授のビル・ジョージは、リーダーは、自分自身の特定地位や資産の獲得を成功とみなすのでなく、自分の同僚や組織、家族、社会全体にポジティブな変化を与えることを成功と考えるようリーダーシップ論のなかで指導しています。これはまさに思いやりをベースしたリーダーシップの発揮であり、人々と彼らが属す組織の成長と幸福に焦点を当てます。力を分かち合い、他の人のニーズを第一に考え、人々の成長とパフォーマンスの向上を助けます。これは自分自身の成功よりも他の人の成功に焦点を合わせることです。他の人に焦点を合わせると、個人的な目標を達成できなくなるのではないかと危惧する人もいますが、全く逆です。リーダーとして他の人に焦点を合わせることによってのみ、多く成果が達成できるのです。この基盤になるのが、思いやりです。思いやりのあるリーダーシップの利点に関する調査によると、リーダーが共感し、思いやりを示すと、組織の健全性が向上し、従業員はサポートされている、評価されていると感じ、モチベーションを高め、幸せを感じながら仕事に取り組み、従業員一人一人にも組織的にも大きな成果を上げます。

 思いやりは、マインドフルネスの実践により育まれるという研究が数多く発表されています(4)。社会心理学の傍観者効果の研究によると、困った人を助けようとする向社会的行動は、①何が起こっているかに気づく②それが緊急事態であると判断する➂助けたい責任を感ずる④自分に助ける能力がある⑤支援を提供することを申し出る、の5つのステップから成り立っています。これらの要素は、他者に注意を向けて気づくことと援助の妥当性を検討するための間(スペース)が必要であるということです。マインドフルネスの実践は、注意を持続させて、方向付ける能力を向上させ、データを調べて選択を行うために、刺激と反応の間を作ります。さらに、マインドフルネスの訓練では、好奇心をもって、今起こっている対象を評価をせずに意識的にあるがままに観察し、途中意識が逸れたことに気がついたら、やさしく対象に戻すという訓練をします。マインドフルネスの訓練をする人は、ストレス低減や共感力や洞察力が強化され、自分自身を超えて焦点を拡大し、他者との相互関係が育まれ、向社会的行動に結びつくと考えられています。を持って観察する姿勢が必要です。

参考資料
(1)LEADERONOMICS、Raise Your Game:Compassionate Leadership,An Essential Ingredient In The VUCA World、Leaderonomics.com、2017
(2)ジョアン・ハリファックス、コンパッション、マインドフルリーダーシップインスティチュート監訳、英治出版、2020
(3)Bill George、Mindfulness helps you become a better leader、HBS、2012
(4)Midwest Alliance for Mindfulness、Mindfulness and Prosocial Behavior、Mindfulness.org、2019
                       HOMEへ