生成AIで磨く共感力 竹腰重徳
近年、プロジェクトはかつてない複雑さと不確実性に直面しています。ステークホルダーの多様化、リモートワークの拡大、文化的背景の違いなど、従来のマネジメントスキルだけでは対応しきれない場面が増えています。そうした中、「共感力(Empathy)」は、リーダーシップや対人調整に不可欠なスキルとして再評価されています。しかし、共感力は経験や性格に左右される要素も多く、これまでは「育てにくいスキル」とされてきました。ところが、生成AIの登場により、共感力を意識的・反復的にトレーニングする新たな可能性が生まれています。 共感力とは何か 共感力とは、他者の立場や感情を理解し、それに配慮した行動をとる能力です。PMBOK®Guide第7版でも、プロジェクト成功の要として「人間中心の価値観」が重視されており、共感力はその実践において欠かせない力です。プロジェクト現場では、顧客やチームメンバーの感情を汲み取る力が、信頼関係構築・問題解決・合意形成に直結します。 なぜ生成AIが共感力育成に役立つのか 生成AI(例:ChatGPTなど)は、対話型で柔軟なフィードバックを返す能力を持ち、さまざまな立場や感情をもつ“擬似的な相手役”を演じることができます。これにより、共感を必要とする実践的なトレーニングが安全かつ繰り返し行えます。2025年のHarvard Business Review誌の記事「Using AI to Make You a More Compassionate Leader 」では、生成AIを活用してより共感的なリーダーシップを育てる方法が、紹介されています。具体的には、AIとの対話を通じて自らの感情表現に気づいたり、難しい対人状況における対応をシミュレーションすることで、共感力の向上につながったということが報告されています。同記事では、生成AIによる対話の例として以下に挙げられています。 ・共感の可視化(例:「あなたの言葉はやや厳しく聞こえるかもしれません」「その返答は感情を無視している印象を与えます」) ・感情的な反応を伴う状況のロールプレイのパートナー(例:怒っている部下、疲弊したチームメンバー、落ち込んでいる同僚) ・内省を促す対話(例:「あなたのその行動は相手にどのような影響を与えたと思いますか?」) こうしたAIとの仮想の対話は、人間相手では言いづらい客観的かつタイムリーな気づきをもたらします。 実務での活用事例 ・ケース1:若手PMの顧客対応トレーニング あるIT企業では、若手PMが生成AIと「怒っている顧客」役の対話練習を繰り返し、共感的対応の習熟を図りました。AIは「共感が伝わったか」「相手の立場をどう理解したか」についてフィードバックを提供。結果として、実際の顧客応対でのクレーム件数が減少し、顧客満足度も向上しました。 ・ケース2:多国籍チームとのコミュニケーション改善 外資系プロジェクトでは、異文化間コミュニケーションに苦労していたPMが、AIによる「欧米人メンバー役」との会話訓練を通じて、直接的な表現や明確な伝え方に慣れ、信頼関係を築くことに成功しました。 活用のステップと注意点 1. 現場に即したシナリオの設計:実際に困っている状況(例:報告の失敗、説得が通らない)を元にAI対話シナリオを構築 2. 反復とフィードバック:AIからの共感度や伝え方へのコメントを受けて改善を図る 3. 内省を他者と共有:学んだ気づきをチーム内で共有し、実践に活かす 注意点としては、AIはあくまでツールであり、感情を「持っている」わけではありません。そのため、AIを通じて得た気づきや表現の習熟は、あくまで実際の人間関係の中で検証しながら活かすことが重要です。 生成AIは、単なる業務効率化のツールではありません。さらに、プロジェクトマネジメントに求められる「人間理解」の領域にも貢献しつつあります。共感力は、複雑で多様なチームをまとめる力であり、これからのPMにとって不可欠な能力です。生成AIとの対話を通じて、自分の言葉・姿勢・感情への理解を深めてみてはいかがでしょうか。 参考資料 (1)PMI、 PMBOK®Guide第7版、2021 |
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