マインドフルネスの9つの実践心得と禅語               竹腰重徳

  マインドフルネスの普及に最も貢献し、この分野の第一人者のジョン・カバットジンは、「マインドフルネスとは、今という瞬間に意図的に評価をせず注意を集中することであり、この訓練より心が成長する」と述べています。これは、マインドフルネスが、「今ここ」に注意を集中している状態であり、自分やまわりの人たちからの評価、判断、好き嫌いといった気持ちにとらわれず、自分の今の思考や感情や行動をありのままに観察し、受け容れている状態です。マインドフルネスを継続的に実践することにより、今までの習慣から沁みついた過去を悔んだり、未来に不安をつのらせる自動操縦モードになり易い心の癖をなおし、今ここの気づき、集中力、明晰さ、創造性、思いやりの発揮できる心が育まれます。カバットジンは、マインドフルネスを実践するための心得として、9つの心得「初心者の心」「「評価しない」「受け容れる」「手放す」「信頼する」「忍耐」「何もしない」「感謝」「寛容」が、重要と述べています(1)。これらの心得は別個のものではなく、それぞれが関係しあい影響し合って向上していくものであり、いつも念頭に置きながらマインドフルネスの日常活動や演習に実践することをすすめています。カバットジンは禅を学習し実践しています(2)。この9つの心得を、それぞれに関連する禅語を結び付けを学び実践していくことはマインドフルネスの実践能力を向上するのに役立つものと思われます(4)(5)。

・「初心の心」
  私たちは、今までの経験から先入観で何でも知っていると思い込むことが多く、今現実に起こっている事柄の本当の姿が見えなくなっています。あらゆる事柄はすべて変化しており、初心者の心で何事にも興味を持って観察する姿勢が必要です。
 禅語「初心不改(しょしんふかい)」
  「初心」は最初の心、「不改」は変わらないことを意味します。何かを始めようというときの、真っさらで純粋な心を持ち続けようという意味です。慣れてくると、驕ったり、評価されたいと願ったり、疎かにしたりと、始めたての頃のひたむきで真っすぐな気持ちを忘れがちですが、初心を保ち続けることで、余計な考えに惑わされずに物事に真摯に向き合い続けられるのです。  
・「評価しない」
 私たちは、いままでの習慣から好き嫌いなどの偏見で無意識のうちに物事を評価して観てしまう傾向があります。物事を何の評価せずに注意を集中することで、客観的で偏見なく観ることができるようになります。
 禅語「非思量(ひしりょう)」
 心に浮かんでくるものは浮かぶに任せ、消えるものは消えるに任せ、一切取り合わず、相手にしないでおく。精神統一をしようと思ったり、無念無想になろうとしてはいけないのです。一切の計らいをやめ、努力を止めで、ただ坐ることです。
・「受け容れる」
 受け容れるということは、物事をあるがままに見るということです。あるがままに見る態度を身につけることによって、どんなことが起こってもうまく対応できるようになるのです。実際に何が起こっているかを正しくつかむことができれば、的確な判断ができるようになります。
 禅語「無心(むしん)」
 「無心」とは心に何の思いも持たない状態を意味します。無心の状態では、先入観や判断を避け、物事をそのままの姿で捉えることができ、より直感的で創造的なアプローチが可能になります。
・「手放す」
 手放すとは、思考、感情、体験など、いかなるものにもしがみつくのをやめるということです。それらに気づいて手放すことで、好き嫌いで惑わされることなく、あるがままの物事を受け入れることができるようになります。
 禅語「放下着(ほうげじゃく)」
 「放下」は手放す、投げ捨てるという意味で、「著」は助辞です。所有している物だけでなく、過去の経歴や成功体験、思い込みや決めつけといった思慮分別をも捨て去り、もう捨てるものがない、もはや捨てきったという自負までも捨てなさい、という意味が込められています。
・「信頼」
 自分以外の物から学び取ろうという姿勢は大事ですが、最終的に、自分の人生の瞬間瞬間を生きるのは、自分自身です。自分自身の経験や自分の感じ方を信頼することが、学び成長することや何かを深く理解することなどにとって大切です。
 禅語「自灯明(じとうみょう)」
 自分自身を灯火として、先の見えない暗闇のような人生を歩いていきなさい。自分自身を頼りに生きていくことが大切です。
・「忍耐」
 さなぎから蝶になるのに時間がかかるように物事には時間の経過が必要だと理解し、すべてを受け入れます。これと同じように注意集中力を培う場合も時間がかかり、忍耐が必要です。忍耐強くマインドフルネス実践を続けることが重要です。
 禅語「忍辱(にんにく)」
 苦難や迫害に耐え忍び、怒りの感情を起こさないこと、心を動かさないことを意味し、成果を得るために長い期間辛抱するという意味が込められています。
・「何もしない」
 マインドフルネスの訓練では、何かを求めて目的を達成しようとするのでなく、瞬間瞬間起きていることすべてに注意を集中し、観察するのです。結果を期待せずに、ただ忍耐強く規則正しく取り組んでさえいれば、目標はおのずと近づいてきます。
 禅語「無事是貴人(ぶじこれきにん)」
 「無事」とは「自分の内を見つめる安らかな境地」のことであり、「貴人」とは「悟りに至った人」を指します。自分の可能性を信じて自分を見つめることです。
・「感謝」
 感謝することは、心、身体、人間関係のいずれにも効果があり、幸福感をもたします。感謝することをマインドフルネスの訓練に取り入れると、脳と身にいい作用をする脳内物質が分泌され、ポジティブなエネルギーを与えてくれ、よりよい健康、よりよい人間関係、より高い生産性に導いてくれます。呼吸や体全体に注意を集中する実践の中で、呼吸ができることや身体の各部位が調和しながら生きていることに感謝をします。
 禅語「法喜禅悦(ほうきぜんえつ)」
常に感謝の気持ちを持てば、どんなに大変なことも修行生活の全てがありがたく思えて喜んで行えるようになるという意味です。
・「寛容」
 寛容さとは、自己中心的な行動や執着をやめ、自分の時間や注意を他者にも提供することです。そうすることで、贈る側と受け取る側が一つになり、他者との関係性の改善し、人生満足度の向上し、心が豊かになります。注意を集中する実践の中で、思いやりの心で観察したり、手放すことで培われます。
 禅語「「悟無好悪」(さとればこうおなし)」
 「人に対しても、どんなことに対しても、先入観をもつことなく、あるがままの姿を認めることさえできれば、好き嫌いなどはなくなってしまう」ということです。

参考資料
(1) Jon Kabat Zinn、Mindfulness 9 Attitudes、2015、https://www.youtube.com/watch?v=2n7FOBFMvXg
(2) ジョン・カバットジン、マインドフルネスを始めたいあなたに、田中麻理他訳、星和書店、2012
(3) ジョン・カバットジン、マインドフルネスストレス低減法、春木豊著、北大路書店、2007
(4) 枡野俊明、リーダーの禅語、三笠書房、2017
(5) 角田泰隆、道元「正法眼蔵」を読む、角川ソフィア文庫、2024

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