マインドフルネス・ランニング                         竹腰重徳

  ランニングの効果について、ダイエットやシェイプアップ、体力維持などを期待する人が多いかと思いますが、実はそれ以上に、脳の海馬や前頭葉に効果的な刺激を与え、若返らせるということがわかっています。海馬は記憶力、前頭葉は脳の司令塔として、集中力、計画力、創造力、判断力、思考力、そして感情までも司っています。ランニングによって、海馬や前頭葉が活性化されると仕事効率が高まっていきます(1)。

 ランニングすることで、「BDNF(Brain-derived neurotrophic factor)=脳由来神経栄養因子」という物質も増えます。この物質が増えると神経細胞の活性が高まったり、血管が新しくできて、脳の血流が良くなり、脳の隅々まで血液が行きわたるようになります。海馬が大きくなり、記憶力が向上します。さらにセロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミン、エンドルフィンといわれる神経伝達物質の発生が促進されます。セロトニンには、鎮静作用があり、興奮した脳細胞を鎮めて脳全体の活動を抑制し、悩みや不安を和らげます。ノルアドレナリンは、やる気や注意深さ、集中力を促します。ドーパミンは脳の報酬系で中心的な役割を果たし、意欲や活力を促し、集中力や意思決定にも関わっています。エンドルフィンは、運動による苦痛から脳を防御してくれる物質です。運動は筋肉に負荷をかけ、心臓を普通よりも多く動かすので、多少なりともストレスがかかります。そのストレスを軽減させ、そして強い高揚感を促しランナーズハイをもたらすことができます。

マインドフルネスとは、今この瞬間に体験している事柄に注意を向け、身体の感覚、感情、思考をありのままを認識し、良いとか悪いとか評価せずに体験を受け入れている心の状態のことです。心が過去にこだわるのではなく、将来について心配するのでなく、今自分がしていることに集中している状態です。マインドフルネスを実践の継続により、脳が今ここでやるべきことに集中でいるようになり、集中力の向上、ストレス軽減、記憶力の向上、創造性の向上、思いやり、免疫力の向上など、さまざまな効果が現れることが脳科学的に立証されています。

 ランニングとマインドフルネスを融合させたマインドフルネス・ランニングは、自分自身と向き合って、今ここに意識を向けながらランニングすることです(2)。一般的にランナーは、「疲れた」「もうダメだ。今日はここで引き返そう」などといった心の声を聴きながら、その声に負けないように自分と戦いながら走っています。マインドフルネス・ランニングでは、身体や周りの環境に意識を集中させることで、こうした心を静めていきます。「走ることは、息を吸い、息を吐き、足を前に出す、その瞬間の積み重ねだ。そこには、心に静けさや明晰さをもたらす瞑想的な作用がある」とマインドフルネスの先駆者ジョン・カバット・ジン教授はいっています。このようにランニングとマインドフルネス実践には共通項目が多々あり、また夫々が相補いあうものです。それゆえ、この2つを組み合わせたマインドフルネス・ランニングは、マインドフルネスとランニングの相乗効果が期待できます

 マインドフルネス・ランニングのやり方は、普通のランニングにマインドフルネスの要素を加えるのです。走り始めたら意識をかかとが踏みしめる感覚に注意を向けます。左右の足が交互に動きます。首に当たるそよ風、額に落ちてくる汗、肌と触れ合うランニングウェア、吸う息、吐く息、視覚や聴覚による周囲の環境など、あらゆる身体の感覚に意識を向けて走ります。途中で味わっている感覚が途切れ、心に雑念が湧いてきたら、雑念が起こったことに気づき、優しく意識を身体の感覚に心を向けなおすのです。ランニングでは、身体の感覚に注意が向き易く、雑念が湧いても比較的容易に身体の感覚に戻れ、今ここに集中する能力と気づきの能力の向上が期待できます。

参考文献
(1)重森健太、走れば脳は強くなる、クロスメディア・パブリッシング、2016
(2)ウィリアム・プーレン、心を整えるランニング、児島修訳、ディスカバー・トゥエンティワン、2018

                     HOMEへ