マインドワンダリングと創造性                            竹腰重徳 

 マインドワンダリング(Mind-wandering)は、意識が目の前の課題から注意が逸れて心ここにあらずの状態になり、目の前の作業とは無関係なことを考え始めてしまうことで生じます。書類を読んでいる間、ふと昨日の悪い出来事が思い出し、あれこれと思いを巡らせてしまい、気がつけばずっと同じところを眺めていたというような無駄な状況です。米ニューヨーク大学の非常勤准教授のスコット・バリー・カウフマンがいっているように、驚くことに、このようなマインドワンダリングに時間が費やされている時間は1日の約50%にもなるのです。このため従来、マインドワンダリングは、認知の上で無駄な時間であるとか、自分の心理をコントロールする力の欠如として、否定的に捉えられてきました。

しかし、こうした否定的な評価が神経科学者の間で見直されてきています。特に注目されているのが、マインドワンダリングと創造性の関係です。米カリフォルニア大学サンタバーバラ校のジョナサン・スクーラーは、意識をさまよわせておくことが創造的な思考にとって重要だとの説を展開しています。創造的なひらめきは突然に訪れます。例えばオフィスで解決すべき問題について熟考しているときよりも、その場から離れて散歩したり入浴したりしてぼんやりしていると、よいアイデアや解決策がふと思い浮かぶことがあります。このように問題解決に取り組んでいるとき、一旦その問題から離れている期間を「あたため期:Incubation」といます。あたため期を経ることでも問題解決が促進される効果を「孵化効果:Incubation effect」といい、その効果の存在が確認されています。創造の過程では、意識が自由にさまよう「孵化期間」が不可欠であるという見方です。

カウフマンもこの点に同意しています。マインドワンダリングによって心に余裕ができ、創造性、問題解決、将来計画などが心の中に生まれる余地ができるといいます。このため、企業においても、従業員が目の前の課題からいったん離れ、思考をさまよわせる時間が必要だと説いています。

眼前の問題に過度に入れ込むとひらめきの瞬間を逃してしまいます。ハッとするようなアイデアが浮かぶのは、課題に向かって一直線に集中しているときではなく、意識を自由にさまよわせて、多様な可能性に対して心を開いているマインドワンダリングの時なのです。ただし、意識が散漫に漂うだけで、創造性に結びつかないこともあります。このときの意識には統合性がなく、他から動かされてとりとめもなく考えている状態です。この状態は否定的な意味でのマインドワンダリングです。一方で、自分が取り組みたい課題や疑問がなんであるかを日頃から意識している場合は、意識が自然に課題に向かっていくため創造性に向きやすいのです。米コロンビア大学教授で認知神経科学に詳しいマリア・メイソンによれば、マインドワンダリングの最中、さまよう意識は完全にランダムな動きをするのでなく、一定の目的に向かう傾向があるといいます。カウフマンも、マインドワンダリングに一定の方向性を与えるために、具体的な目標や課題について心の中でシミュレーションをすることが有効であると述べています。「意識を無目的にさまよわせるのでなく、前向きかつ建設的な空想へもっていくのが重要である」といっています。とはいえ、マインドワンダリングを自分でコントロールするのは難しいのです。そのための訓練として、マインドフルネスの実践を勧めています。これにより、否定的なマインドワンダリングを防ぎ、創造性豊かなマインドワンダリングが働くようになります。

参考資料
(1)Susanne Gargiuilo、Daydream believer:Is a wandering mind a creative mind?、CNN、2015

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