人間関係改善に役立つマインドフルネスと禅語             竹腰重徳

 私たちは常に他者との関係性なしには生きられません。他者の利益を無視した生き方では、結果的に自己に不利益になります。しかし、私たちの心の中では、常に利己と利他がせめぎ合っています。私たちはともすれば、利己的な心の割合が多くなってしまいがちです。これでは自己中心的な判断をし、周囲との軋轢を生じ協力は得られません。そのために私たちは、利己を抑制し、利他が心の中で多く占めるように心の訓練をする必要があります。それが、「慈しみ」を強化する訓練です。慈しみとは、相手を大切に思い、大事にするということで、仲の良い友人といるときに感じるようなあたたかさであり、すべての生命は互いにつながっているという感覚です。慈しみは人間が本来持って生まれた資質ですが、利己を生じる欲と怒りと無知の自我(エゴ)に覆い隠され見えなくなっているのです。

 ブッダは、2500年前に利己的な「自我(エゴ)」という硬い殻を壊し、慈しみで幸せに生きるための心の育て方の教えを作られました。その教えが「慈経(じきょう):慈しみの教え」で、その実践がマインドフルネスの慈悲の瞑想です。スタンフォード大学やウィスコンシン大学など様々な機関の科学者たちが、慈悲の瞑想の効果についての科学的に実証しています(1)。慈悲の瞑想をすると、やさしさや喜び、充実感、感謝、希望、興味などのポジティブ感情が高まり、これによって注意力や集中力、社会性など、さまざまな能力を向上し、その結果、心が満たされ、うつ病になるリスクが低下するのが示されています。また、共感や「心の知性(EQ)」をつかさどる脳の領域が繰り返し活性化され、灰白質の量が増加し、幸福感が高まることが示されています。さらにわずか10分間、慈悲の瞑想をするだけでも、心はリラックスし、健康が増進したという研究結果もあります。また、自己批判が減り、自分への思いやり(セルフコンパッション)が高まることも、別の研究で示されています。

 マインドフルネスは、宗教性はないが、マインドフルネスの第一人者ジョン・カバットジンが指摘しているように、禅の影響を受けています(2)。人間関係に関わる禅のことばを学習し実践することで、私たちは人間関係のストレスを解消し、人間関係を改善することできます(3)(4)。

 「和顔愛語(わげんあいご)」
 和やかな笑顔と相手に対する敬意や優しさ表現する言葉を使って接します
 「柔軟心(にゅうなんしん)」
 固定観念や先入観、思い込みといったものにとらわれない心で接し柔軟に対応します
 「而今(じこん)」
 過ぎ去った過去やまだ来ない未来にこだわらず、「今」この瞬間をただ懸命に生きることでマインドフルネスの大切さを説く言葉です
 「感応道行(かんのうどうこう)」
 感謝と信じる心をもって接すれば、通じ合うことができ、良い縁が生まれます
 「同事(どうじ)」
 常に相手の立場に立って、同じ気持ちで、共に喜び、共に悲しみ、寄り添って生きます
 「善巧方便(ぜんぎょうほうべん)」
 相手の素質や能力に応じて、臨機応変に巧みに手当てを講じて相手を手助けします
 「共生(ともいき)」
 人間も自然もともに命あるものだから、お互いを尊重し、支えあって生きていきます
 「身心脱落(しんじんだつらく)」
 自我(エゴ)意識を捨て、あらゆるこだわりをなくして真理の世界に溶け込んでいきます。病や苦痛、死すらもありのままを受け容れる境地で、何物にも惑わされません
 「日日是好日(にちにちこれこうじつ)」
 毎日毎日の良し悪しを一喜一憂することなくそのまま受け容れ、常に今この時を大切に過ごします

参考資料
(1)バンテ・ヘーネポラ・グナラタナ、慈悲の瞑想、出村佳子訳、春秋社、2018
(2)ジョン・カバットジン、マインドフルネスストレス低減法、春木豊訳、北大路書房2017
(3)藤井隆英、幸せになる坐禅、海竜社、2021
(4)角田泰隆、道元「正法眼蔵」を読む、角川文庫、2024

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