セルフ・コンパッションで優れたリーダーに 竹腰重徳
多くのリーダーは、自分を追い込み、競争心を持ち、物事が不可能に思えてもやり続けるという野心を持つことが成功の鍵と思っています。「自分に厳しい自己批判をしなかったら、自分が望んだ人生を描けない。自己批判することで成功への動機づけとなるのだ」と。人間は自己批判すると、脳の扁桃体(脅威-防御システム)を活性化させてコンチゾールやアドレナリンを放出させ、闘争、逃走、あるいは凍りつきの反応をしようと準備します。このシステムは身体に及ぶ脅威から身を守るためには有効ですが、現代では人間の直面する脅威の大部分は、自己イメージか自己概念です。人間は脅威を察知すると、身体と心にストレスがかかりますし、慢性的なストレスは、不安やうつの原因となります。従って自己批判しやすいと、心身の健康に悪影響を及ぼします。ただ私たち人間は、哺乳類としてケアシステムを持ち、これが活性化されているときには、オキシトシン(愛情ホルモン)とエンドルフィン(天然の精神安定剤)が分泌され、結果としてストレスが軽減され、安心・安全を感じることができます。 セルフ・コンパッション(自己への思いやり)は、このケアシステムと関連しています。従って自分は不十分だと感じているとき、自分に対してセルフ・コンパッションをもって接することで、安心・安全を感じるとともに、ケアされていると感じることができます(1)。セルフ・コンパッションの第一人者で心理学博士であるクリスティン・ネフは、自分自身がストレスや失敗や困難に遭遇したとき、生じた悩み苦しみを自ら理解し、ありのままに受入れ(マインドフルネス)、失敗や困難は人間であれば誰でも経験するものと認識し(共通の人間性)、失敗は成功のもとだよねというように自分自身に対して優しい感情を高めてポジティブに対応しようとする思い(自分への優しさ)と説いています。 多くの人は、セルフ・コンパッションは、「自己への思いやり」と訳されているように自分に優しい気持ちを向けるという意味を持つため、自分を甘やかすことであり、自己満足につながると思い込み、それを避けようとします。しかし、実際は、セルフ・コンパッションは、自分を甘やかすのでなく、自分の非を認めたり、自分の弱さや発生した問題を隠そうとせず優しく受入れ、困難な現実と向き合う勇気を養う手助けをします。セルフ・コンパッションに関する15年にわたる多くの研究結果から、その恩恵がいくつかの重要なリーダーシップスキルと一致することが明らかにされています(2)。 ・感情の知性:セルフ・コンパッションが高い人は、感情の知性のレベルは高く、物事をありのままに気づき、動揺したときでも冷静さを保ち、幸福感が高く、楽観的に対応ができる ・レジリエンス:セルフ・コンパッションが高い人は、困難に遭遇しても過度に自分を責めず、挫折を乗り越え、明晰さを取り戻し、生産的に前進する支えとなる ・成長マインドセット:セルフ・コンパッションが高い人は、個人の成長をより重視する。困難な挑戦を避けるのでなく、目標を達成するために失敗を恐れず挑戦し、たとえ失敗してもそこから学ぶ ・高潔性:セルフ・コンパッションの高いリーダーは、困難な決断を下すとき、責任ある道徳的な行動をとる ・他者への思いやり:自分への思いやりは他者への思いやりと関連しており、一緒に働く人たちにも伝搬し、メンバーからの信頼と影響力を築くことができる セルフ・コンパッションのスキルは、継続的に訓練することで向上させることができます。簡単に始めることができる方法のひとつは、セルフ・コンパッション・ブレークで、何か失敗や困難に遭遇した場面を思い出し、セルフ・コンパッションの3つの要素で試す訓練がすすめられています(1)。 ①
マインドフルネス ②
共通の人間性 ③
自分への優しさ
(1) クリスティン・ネフ、クリストファー・ガーマー、マインドフル・セルフ・コンパッションワークブック、富田卓郎監訳、星和書店、2019 |
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