セルフ・コンパッションの職場での効果 竹腰重徳
セルフ・コンパッションとは、苦悩や困難に直面した時、自分自身の肯定的、否定的側面の両面を理解して受け入れ、苦悩や困難は誰もが経験することであると認識し、自分自身を責めるのでなく優しく温かい感情を高めて対処する能力のことです(1)。心理学者は、セルフ・コンパッションがさまざまな分野でパフォーマンスを向上させる有効な方法であることを明らかにしつつあります。カリフォルニア大学バークレー校のセリーナ・チェン心理学教授等のグループは、次のようなセルフ・コンパッションの職場での効果について実証し、職場でのセルフ・コンパッションを強化する訓練を薦めています(2)。 ・成長マインドセットが身につく モチベーション研究のパイオニアとして知られるスタンフォード大学キャロル・ドゥエック教授は、失敗や挫折を経験した時に人間のマインドセット(心のあり方)には「成長マインドセット」と「固定マインドセット」の2種類があることをつきとめました。成長マインドセットの人は自分の能力は努力によって改善していくことができると考えますが、固定マインドセットの人は、人の能力は生まれつき固定的と考え、努力をしても成長しないので意味がないと考え努力をしません。あらゆることで成果を出せるかどうかは、マインドセットが成長マインドセットであるかどうかで決まると結論づけました(3)。セルフ・コンパッションが高まると、成長マインドセットが高まり、冷静に自分の現在の強みや限界を現実的な自己評価ができ、それが自己改善への礎になります。そして努力すれば自分は変えられるのだと自分の弱みに向き合い、スキルの強化や悪い習慣を変えるために努力をして自己改善を行います。 ・本当の自分に忠実の生きる(オーセンティシティ) セルフ・コンパッションの高い人は、困難や挫折に対して寛容さや理解をもって受け入れ、批判的ならずに冷静に接することができるようになるので、周りからの非難に対する恐れも克服でき、本当の自分に確信をもって忠実に生きるようになり、失敗を恐れず、ポジティブな態度で物事に立ち向かうことができるようになります。従って各自がそれぞれの立場で能力を発揮するようになります。 ・リーダーシップの強化 セルフ・コンパッションは他の人たちにも波及します。これがリーダーの役割を担う人たちが持てばなお一層拡がります。自分への思いやりと他者への思いやりはリンクしていて、一方を実践すると他方も促進されます。優しく批判のない態度で自分自身に接することは他者に思いやりをもって接するよい訓練となります。そして他者への思いやりが自分への思いやりを深めるのにつながります。成長マインドセットを取り入れるリーダーは部下のパフォーマンスの向上に関心を持ち、改善に向けた有益なフィードバックを行うようになります。すると部下はリーダーが自分の成長を考えてくれていると理解し、部下のモチベーションや満足度が向上します。部下自身が成長マインドセットを取り入れる可能性も高まります。「模範を示して率いる」というリーダーシップの古い格言は、セルフ・コンパッションや、それが促進する成長マインドセットにも当てはまります。またオーセンティシティについても同様です。リーダーが自分自身のオーセンティシティを示せば、職場全体にオーセンティシティの雰囲気が拡がり、強い信頼関係が生まれます。リーダーが部下の失敗や挫折にセルフ・コンパッションの態度で対応すると、職場全体に心理的安全性が定着し、会社全体のモチベーションが上がり失敗を恐れないチャレンジ精神で仕事をするようになります。 参考資料 (1) Kristin Neff、self-compassion:An Alternative Conceptualization of a Healthy Attitude Toward Oneself、Self and Identity、2003 (2) Serena Chen、Give Yourself Break: The Power of Self-Compassion、HBR、2018 (3) キャロル・ドゥエック、マインドセット、今西康子訳、草思社、2016 |
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