セルフ・コンパッションの生理学 竹腰重徳
私たちは、失敗や挫折をした時に、「自分なんてダメだ」「認められるはずがない」「これでおしまいだ」など、自分にできなかったところに目を向け厳しい言葉で、自己批判して自分を責めることがあります。このような自己批判が起こると、ストレスがかかった状況となり、ストレス防御システムが作動します(1)。ストレス防御システムは、脅威を察知したときに生命維持ための脳の部位である爬虫類脳を活性化させてコンチゾール(ストレスホルモン)やアドレナリンを放出させ、戦うか、逃げるか、凍りつくかの反応をしようと準備をします。 ストレス防御システムは、身体に及ぶ脅威から自身を守るために有効ですが、現代では人間の直面する脅威の大部分は、自己イメージや自己概念から生じる脅威で、実際に戦うか、逃げるか、凍りつくかの反応をしようとする場面は多くありません。しかし、自己概念であれ脅威を察知すると、心と身体にストレスがかかり、ストレス防御システムが作動します。自己批判が多くなると、ストレス防御システムがたびたび稼働してコンチゾールやノルアドレナリンが過剰に分泌され、うつ病、高血圧など心身の健康に多大な悪影響を及ぼすことになります。 コルチゾールの主な働きは、肝臓での糖の新生、筋肉でのたんぱく質代謝、脂肪組織での脂肪の分解などの代謝の促進、抗炎症および免疫などで、生体にとって必須のホルモンで、戦うために必要なエネルギーを蓄えます。さらにコンチゾールは、ストレスによる脳の機能低下や血糖値の低下などを防ぎ、免疫力を高めてくれます。しかし、ストレスが続き過剰に分泌されれば、自律神経のバランスを崩すだけでなく、血圧や血糖値が上がり過ぎてしまい、結果的に免疫力を低下させ、うつ病、不眠症などの精神疾患、生活習慣病などのストレス関連疾患にかかる危険が生じます。 アドレナリンはノルアドレナリンを作り、交感神経を刺激して、体はいつでもストレスと戦える準備を整えます。ノルアドレナリンは、分泌されると覚醒作用を示し、心拍数や呼吸数、血圧を上げて体を緊張・興奮状態にします。メリットとして、やる気を高めるほか、集中力や判断力、長期的な記憶力を高めたり、ストレス耐性を強めたりする作用もありますが、これが過剰に分泌されるとイライラしやすくなり、高血圧や狭心症、心筋梗塞、不整脈、脳卒中などの原因になります。 幸いにも、私たちは爬虫類脳を持っていますが爬虫類ではなく、哺乳類です。爬虫類より進化している哺乳類は、非常に未熟な状態で生まれ、環境に適応するためにより長い時間かけて成長します。この傷つきやすい期間に幼児を守るために、哺乳類のケアシステムは親子が一緒にいるという方法をとり、優しく世話をして子供を育てます。ケアシステムが働くとき、オキシトシンが分泌され、コンチゾールのレベルは下がりストレスが軽減されて、安心・安全の感情が高められます。私たちの体は温かく接してもらったり、やさしく触ってもらったり、やさしく話かけてもらったりすることにより、このケアシステムは活性化するようにできています。 セルフ・コンパッションとは、苦悩や困難に直面した時、自分自身の肯定的、否定的側面の両面を理解して受け入れ、苦悩や困難が人類に共通していることを認識し、自分自身に優しく温かい感情を高めて対処する能力のことですが、ケアシステムと関連があります。自分が失敗や脅威を感じ自己批判が生じたとき、セルフ・コンパッションに対応すると、コンチゾールのレベルは下がりオキシトシンが分泌されケアシステムが働き、安全や安心を感じるのです。私たちは安全・安心で快適な気分のとき、周囲と調和した行動がとれたり、よりベストを尽くそうとし、生産性も上がり、幸福感が高まったりなどします。セルフ・コンパッションは、生まれつきのものでなくマインドフルネス実践や慈悲の瞑想などの訓練より強化することができます(2)。 参考資料 (1)NHKスペシャル取材班、キラーストレス、NHK出版新書、2016 (2)クリスティン・ネフ、クリストファー・ガーナ―、マインドフル・セルフ・コンパッション ワークブック、富田卓郎監訳、成和書店、2019 |
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