感謝とマインドフルネス                       竹腰重徳

  感謝に関する科学的研究で第一人者のカルフォルニア大学のエモンズ教授によると、「感謝は、人生を豊かにするもので、個人の幸せや集団の繁栄に欠かせないものだ」という気づきが、医療、教育、職場、さらには学問の世界にも広まりつつあり、その勢いを増しているそうです(1)。これは、主に2つの理由があります。ひとつには、感謝の効果を示す事例が増えていること、感謝の気持ちが湧き上がってくると、人生があらゆる意味で充実し、その効果がながく続くことが数字で表すことができるとのことです。感謝する人は、そうでない人よりも、喜び、熱心さ、愛、幸福、楽観性といったポジティブな感情をより高いレベルで経験することや、感謝を実践することで、妬み、恨み、貪欲、苦しみといった破壊的な衝動から自分を守ることが明らかになっています。また、感謝を体験する人は日々のストレスに対して、感謝しない人より効果的な対応ができることが明らかになっています。これらの調査結果から、感謝を体験する人は「他者とかかわりあっている」という意識が強まり、人間関係を改善したり、相手を思いやる気持ちにすらなるという結論に達成しています。もうひとつの理由は、感謝は、誰でもすぐに実践できるということが挙げられています。年齢や収入に関係なく、子供からお年寄りまで、人生のどのステージにいても、どんな人であっても実践できます。
 
 しかし、感謝の実践は誰でも身につけられるといっても、感謝の気持ちはすぐに忘れてしまうものでもあり、意識して実践しないと、三日坊主で終わります。ですから、心して実践し、感謝の気持ちを日々大切に育て行く必要があると説いています。

 小児科医で米国オレゴン州の禅宗寺院の瞑想講師のジャン・チョーズン・ベイズは、感謝の訓練としてマインドフルネスを取り入れた方法を2つ紹介しています(3)。ひとつが、1日を通して何度か感謝することを意識して考えることです。自分自身について、他の人について、身の回りのこと、体が行っていること、感じていることなど、何でも、調査でもするように好奇心をもって、「今この瞬間に、自分は何に感謝できるのだろう?」自らに問いかけて探します。視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚の五感を使って探してみると、感謝することはいくらでも出てくるでしょう。三度の食事ができること、身にまとう服があること、住む家があること、親切な店員に会ったこと、雨にぬれずに家に帰れたことなど、何でもいいのです。感謝する対象は大きく2つに分けると、食事や服や家のように「何かがあること」、もう一方は病気や災害や戦争など「何かがないこと」です。「何かがないこと」のありがたさは、実際にそれらが起きて苦しい思いをさせられるまで、忘れているものです。例えばインフルエンザにかかってなおると、それから少しの間だけは健康のありがたさ、熱が下がり、普通に食べることができて、外出できるありがたさを思います。しかし、病気になるまでは、健康がいかにありがたいかを忘れてしまうことが多いです。この訓練をすることで、ちょっと立ち止まって五感をオープンにし、今、自分に与えられている恵みを感謝することが、習慣になるようになります。

 もう一つの訓練は1日の終わりに、その日にあったことで、「ありがたい」と思うことを少なくとも5つ書き出し、1日を「感謝」で締めくくるのです。メモ帳と鉛筆かペンを用意しておき夜ベッドに入る前に、その日の感謝のリストを書き出し、それから眠りにつきます。この訓練を始めるときは、多くの人が「感謝することが毎日5つもあるのだろうか」と心配しますが、やってみると、書くことがたくさんあることに驚きます。昼の間も「今夜、このことをリストに書こう」と頭で考えるようになり、周りのことに常に感謝の眼で見るようになり、心がポジティブな方向に変化していきます。私たちの心は、「過去でも未来でも、よいことなんかどうでもよい。良いことは無害なのだから気に掛ける必要がない。悪いことを考える必要があるのだ」とネガティブ・バイアスがかかっていますので、ネガティブな情報に注目しがちです。メディアもそうです。悪いニュースが圧倒的に多いのです。そうすると、不安や抑うつなどネガティブな感情が強まり、暗い気持ちになり不幸を呼び込みがちになります。1日の終わりの感謝の訓練は、不幸を呼び寄せる心に対して解毒剤の役割をしてくれます。日々多くのポジティブなことやありがたいことに光を当ててくれるので、思考の流れをポジティブに方向転嫁する習慣がついてきます。そうして、人生に起きるほとんどの出来事の中から、困難な出来事に対しても「いい面」を見出して感謝することができるようになります。

参考資料
(1)ロバート・A・エモンズ、ありがとうの小さな練習帳、Lurrie Yu訳、プレジデント2016
(2)ロバート・A・エモンズ、Gの法則、片山奈緒美訳、サンマーク出版2008
(3)ジャン・チョーズン・ベイズ、「今、ここ」に意識を集中する練習、高橋由紀子訳、日本実業出版社2019


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